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感動のカケラを持ち帰る

2020.03.21 - スタッフブログ

感動のカケラを持ち帰る


 

愛知県名古屋市、尾張旭市周辺で、リノベーションを通して暮らしの提案をしている杉工建設、SUGICOの松本です。

 

人は誰でも大なり小なり欲を持っているものだと思います。

以前のブログでも「欲」に関わってくる話をしていたのですが、

今回もまたちょっとした「欲」の話です。

 

 

展覧会に足を運んだ時に、ミュージアムショップで何か買いたくなる。

 

好きなアーティストの展覧会だとついつい図録を買うのですが、

そうでなくても「何か記念に」という気持ちでポストカードや缶バッチなどを買ってしまいます。

彫刻などの立体作品のポストカードは、立体物を撮った”写真”という印象を強く感じてしまうので、写真として気に入らないと手に取らないのですが、

絵画作品の場合のポストカードは”ミニチュアの絵画”として、

自宅に持ち帰ることができるところを魅力的に感じます。

 

 

 

 

本物は手に入れられない。

かといってレプリカを買うほどでもない。

 

そういう時にポストカードは丁度いい所有欲を満たしてくれます。

こちらのフランシス・ベーコンのポストカードは、袋が額としての機能を持っています。

(1枚目の写真では袋から出した状態で撮っています。)

絵が少し隠れてしまうのが難点ですが、「額に入った絵を持ち帰ることが出来る」という満足感を味わうことができ、2度楽しめます。

 

 

 

 

展覧会やミュージアムショップで販売されているほとんどのポストカードは、そのままか透明な袋にはいっているのですが、

額に見立てた袋というのが珍しく、その為にポストカードを買った気がします。

この時の展示ではシンプルな金の額に入っていた作品もあったので、

通常の透明なビニールに入っているポストカードよりも、実物に近い物として演出されていて、所有欲が刺激されました。

 

下の写真の長谷川等伯の松林図屏風は襖ごと印刷され、横長の定形外の形をしています。

右隻で一枚と左隻で一枚で分かれているので、それぞれを1枚づつ購入すれば、

実際の襖の前に立った(実物はガラス越しでしたが)空間ごと、小さいですが買って持って帰ることが出来てしまいます。

 

 

 

 

本来のハガキの用途は、”人に言葉を伝えるための物”なので、元々の意図とはズレてしまっており、

誰かに送られることもなく、飾るものやコレクション、図録替わりの物として私の家では増えていっています。

 

何かを見て心動いた時。理想としては自分の記憶に刻みつけその時の感覚を大事にする、

何を感じたのかどう思ったのかだけでも充分だと頭では思うのですが、

欲というものが顔を出してしまいます。

 

少しでも形として残したい

そういう気持ちが、私をミュージアムショップに誘うのでしょうか。

物として持ち帰ったのは、その時の感情や感覚のほんの一部でしかないのですが、

そのカケラとして存在する物が欲しくなってしまいます。

 

実家では季節に合わせて色紙や掛け軸を入れ替えていました。

そうする事で、季節の変化や移り変わりを日々楽しんでいたのだなと思い、

私も気が向いた時には、部屋にあるポストカードを入れ替えて飾っています。

 

雑誌などもなるべく処分し、最近はあまり買わないようにしているのですが、特集や中の写真や絵が気に入ったら切ってとっといています。

ファイルにしまい、何年かして見返した時に気になるものがあったら額に入れて飾る。

チラシやフライヤーや切り抜き、展示の案内、そしてポストカードなど。

どうしても量が多くなるので、先日不要な物は処分することにしたのですが、

心動かされたカケラとして存在する物も捨てることになるので、かなり悩み取捨選択に時間がかかってしまいました。

 

 

 

昔切り取ったページを久し振りに額に納めて飾りました。

 

 

 

 

昨年展覧会もあったバスキアの、何となくシンプルな構成が気に入って取っておいた雑誌の1ページです。

 

街中のグラフィティから美術館に収蔵されるほどになった彼の作品。

昔文庫サイズで購入した、角川文庫の「BASQUIAT」。

日比野克彦が本の中で書いていた内容が思い出されます。

 

彼の絵はどこを切り取っても彼のDNAが存在している。

 

そんなような一文と、”作品のどこをとってもバスキア”、それを実感して嬉しくなりった日比野勝彦が、実際に彼にあった時、笑顔でハグをしてくれたという事が書かれていたと記憶しています。

 

バスキアと同時代を生きたわけではないので、私が知った時にはすでに27歳の若さで亡くなっていました。

映画「バスキア」で、知った気になっていた”破滅へ向かったバスキア”のイメージが少し変わった本でもありました。

 

そんな頃にワクワクして読んだ何かの雑誌の1ページ。

 

何の雑誌だったのかも、タイトルも何も憶えていなくて、

レプリカともいえない、大量に刷られた印刷物の一枚の紙ですが、自分にとってはその時の記憶と一緒に存在している一枚です。

どうせ額に入れて飾るのなら綺麗に切りなおしたほうがいいのでしょうが、

どうも画鋲で開けた穴やガタガタに切り取られた跡も痕跡として残したくて、

切り捨ててしまうのは惜しく思えたので、過去にカッターで適当に切ったであろう、そのままで飾っています。

 

価値観は人それぞれ。

良いと思うものもそれぞれ異なりますが、こんな楽しみ方もあります。

 

 

[ カケラの管理 ]

 

捨てることの出来ないカケラを大量に所持しているのですが、いつでもその”カケラ”にアクセスできるようにしておくことが、それを大切にする事だなと思います。

溜め込んだままだと、せっかくの感動したカケラも埋もれてしまいます。

ただ溜め込むだけでは所有欲を満たしているだけで、持っている物を活かせていない。

自分自身が色々な物を手に置いておきたいので、気を付けたい点でもあります。

価値があると思って捨てずに所持するのであれば、活かした方が自分のためにもなるし、

そうでないのなら手放すことも大事だなと思います。

 

理想は日付や種類別にアーカイブ化して整然とすることですが、

切り抜きコレクションは展覧会チラシと一緒にファイリングをしていて、

時間軸はまぜこぜで、何となくの雰囲気での種類分け。

ゆるい分け方をしていたのでルールが崩壊してしまっていて、アーカイブ化するにはは時間がかかりそうです。